2026/3/5 article
前回のPart2では、なぜ経営層と現場社員との間でAIへの期待と評価が乖離するのか、その理由について解説しました。
今回のPart3では、その乖離を埋めるための具体的な解決策として、「AIファースト化のための8つの施策」を解説していきます。
AI化に積極的な企業の事例をもとに分析したところ、8つの共通する施策にまとめることができました。
一見、各社それぞれ独自の施策を行っているように見えますが、実際は同じような課題を抱えており、取られた施策は意外なほど共通しています。
以下がその8つの施策です。
なお、実際の企業事例などについては以前弊社が執筆した下記の記事を参照いただければと思います。
それでは8つの施策を1つずつ解説していきます。
まずは何よりも、これがなければ始まりません。
経営者がAIファーストカンパニーを目指すと宣言することです。
AIファースト化とは、局所的な最適化となる単なるAI導入ではなく、全社的な最適化を目指す取り組み、つまり経営変革です。よって何よりも経営者自身が自社をAIファースト化すると意思決定を行い、全社員に向けて宣言する必要があります。
代表例としてはDeNAのAIオールインでしょう。
CEOの南場智子氏がAIに「全振り」することを宣言し、自らも若手社員に活用方法を学ぶなど、率先して実践に取り組んでいます。
経営者自身のこういった姿勢は、明確な経営方針を伝えることができると同時に、現場社員の取り組みに対する納得感にもつながります。
基本的に、新しいテクノロジーやツールなどを全社導入する場合、取れる方法は2つです。
1の経営者のトップダウンによる強制は、まさにこのAIファースト化の宣言から始まるということです。
経営者がAIファースト化を宣言した後、実際に現場でその取り組みを進めるために、先陣を切って現場社員をリードするリーダー役が必要となります。
この場合、2種類のリーダーが必要です。
特に気づきにくいですが、2のアーリーアダプター(新技術をいち早く受け入れ使い始める人々)が重要となります。
ここでいうアーリーアダプターとは、AI活用を積極的に行い、個人レベルで成果を上げている人材のことです。
多くの一般社員にとって、自身の業務を改善しようとAIツールを使用しても、期待通りに成果を上げられず挫折することが非常に多いのが現実です。
そんな中で、アーリーアダプターの成功事例を見て「自分も同じように実践してみたい」と思わせることは、意外なほど重要な推進力となります。
下記の記事の日清食品グループの例を参考にしていただければと思います。
なぜ日清食品・サイバーエージェント「生成AI利用率」が超高い?賢い社内制度の秘密 連載:デジタル産業構造論|ビジネス+IT
AIツールの付与は、社員向けの施策としては最初に取り組まれるものでしょう。多くの社員にとって、AI活用のきっかけとなるのは、やはりツールに触れることであるからです。
前回述べた通り、AI導入に積極的ではない社員にとってAI活用の評価は「学習コスト」と「短期的に得られる業務効率化のメリット」の比較になります。ここにAIツールの自己負担という経済的な障壁が加わると、活用のハードルはさらに高くなります。
逆に言えば、経済的な障壁を取り除くことで、少なくともツールに触れる機会は全社員に平等に開かれます。
ただし、ここで気をつけなければいけないのは、ツールの提供だけでは活用は進まないという事実です。次から述べるAI学習機会の提供やプロジェクト組成と組み合わせることで、初めて効果を発揮します。
AIツールの付与は、AIファースト化の必要条件であって十分条件ではないということです。
AIツールを付与しただけでは、多くの社員はそのツールを使いこなせるようにはなりません。
Part2で述べた「AI機能の成熟度と現場の期待の乖離」にある通り、現在のAIは完璧ではなく、その制約を理解した上で活用するには一定の知識とスキルが求められます。
そこで、セミナーやワークショップなどのAI学習機会を組織的に提供することが重要となります。
学習機会の提供において押さえるべきポイントは2つあります。
1.AIの可能性と制約の両方を正しく伝えること
Part2で述べた「不都合な前提条件」を隠すのではなく、制約を踏まえた上での活用方法を具体的に示すことが、現実的な期待値の形成につながります。
2.学習内容を実際の業務に結びつけること
抽象的なAI知識の提供ではなく、自部門の業務でどう使うかという実践的な内容にすることが不可欠です。
AI学習機会の提供は、Part2で述べた「不都合な前提条件」がもたらす乖離を解消するための最も直接的な施策と言えるでしょう。
学習によって知識を得たとしても、実際の業務で成果を上げなければAIファースト化は前に進みません。
AI前提の新しいプロジェクトを組成し、実際の業務で成果を出すことがこの施策の目的です。
AIファースト化を目指す上で重要なのは、既存業務にAIを後から導入するのではなく、最初からAIを前提としてプロジェクトを立ち上げることです。
Part1で述べた通り、AIファーストとは業務フローや仕組みをAIありきで設計し直すことを意味します。
新規プロジェクトであれば、既存の業務フローに縛られることなく、AIファーストの設計思想を実践できます。
さらに、プロジェクトで上げた成果は、AIファースト化に懐疑的な社員に対する説得材料にもなります。
つまり、短期的な成功体験を通じて、長期的な変革への納得感を醸成する役割も果たすのです。
AIファーストの新プロジェクト組成は、理念を実績へと変えるための施策と言えるでしょう。
AIファースト化の事例については下記の記事を参考にしていただければと思います。
前述した通り、新しいテクノロジーを全社に浸透させる方法は「トップダウンによる強制」と「評価制度の導入」の2つです。施策1の経営主導の推進が前者であるのに対し、この施策は後者にあたります。
AIツールの活用が正当に評価へ結びつく制度を導入することで、現場社員のAI活用への動機づけを構造的に行います。
先行事例としてはDeNAのDARS(DeNA AI Readiness Score)が挙げられます。
全社のAIスキルを評価する指標「DeNA AI Readiness Score(DARS)」を導入開始 | 株式会社ディー・エヌ・エー | DeNA
DARSは個人と組織の2軸で、それぞれレベル1〜5までのAI活用評価基準を設定しています。
ただし、DARSにおいても「AI活用を評価する基準として使うが、個人の人事評価には直結しない」と明記されており、先行企業であるDeNAですらまだ試験的な段階であることが窺えます。
Part2で述べた「評価指標の未整備」という課題に対し、この施策は直接的な解決策となります。
しかし、多くの企業がまだ最適解を模索している段階でもあり、今後より洗練された形で普及していく可能性があると考えています。
評価制度の導入は、経営層と現場社員の共通言語を生み出す施策であり、AIファースト化の成否を左右する重要な取り組みと言えるでしょう。
ここまでの施策が主に「人」と「制度」に関するものであるのに対し、この施策は「仕組み」に関するものです。
業務に合わせたAIエージェントなどの独自ツールを社内で内製し、全社に展開することがこの施策の核心です。
Part2では「AI機能の成熟度と現場の期待の乖離」について述べました。汎用的なAIツールだけでは、個々の業務に最適化された体験を提供することが難しく、現場の期待に応えきれない場合があります。
そこで、自社の業務プロセスや固有のデータに最適化されたAIツールを内製することで、この乖離を埋めることができます。
さらに、社内AIツールはAIファーストの業務フローを具体的な形として社員に示す役割も担います。
つまり、AIファースト化の思想を「仕組み」として体現するものです。
社内AIツールの開発と提供は、AIファースト化を組織の仕組みとして定着させるための施策といえるでしょう。
8つ目の施策は、個人の成功体験を全社の資産へと変える「共有の仕組み化」です。
AIスキルやデータ活用のノウハウが個人に閉じたままでは、組織としてのAIファースト化は進みません。
個人の成功が全体の成功につながる仕組みを構築することがこの施策の目的です。
弊社の記事「AIファースト企業への変革を実現する8つのステップを解説」でも述べた通り、AIファーストの全社展開には「再現性」と「知識の共有」が不可欠です。
ある社員が発見した効果的なプロンプトや業務への適用方法が他の社員にも横展開されることで、組織全体のAI活用レベルが底上げされます。
具体的には、プロンプトの共有基盤、ユースケース集の整備、ナレッジの蓄積と検索の仕組みなどが挙げられます。
この施策はPart2で述べた複数の乖離を同時に緩和する効果を持ちます。
成功事例の共有はAIへの期待値を適正化し、実践的なノウハウの共有は学習コストを下げ、データの共有はAI活用の基盤を強化します。
今回は、AIファースト化のための8つの施策を解説いたしました。
重要なのは、これらの施策を個別に実行するのではなく、相互に補完し合うものとして捉えることです。
先行企業の事例が示す通り、AIファースト化を推進する企業はこの8つの施策を網羅的に実施しています。
繰り返しとはなりますが、AIファースト化とはつまり、個別の施策の寄せ集めではなく、施策が連動する全社的な経営変革そのものなのです。