2025/4/22 article

AIスタートアップの新しいMoat(持続的競争優位)構築戦略 Part1

MOATとは?

本題のテーマの前に、皆さんMoatをご存じでしょうか?
日本語では「堀」です。
しかしビジネスにおいては簡単に言うと、

「競合他社が容易に模倣できない、自社が長期にわたり競争優位性を維持するための独自の強み」

のことです。
皆様ご存知のウォーレン・バフェットが

「優良企業は広く深い堀を持っている」

と語ったことで、ビジネス・スタートアップ領域でも定着した概念と言われています。
なぜ堀なのかというと、

・城(=企業)が利益を生み出す大元
・堀(=Moat)が競合や新規参入者を寄せ付けず、大元を守る

という感じで説明するとイメージがつきやすいでしょうか。

 


伝統的な10のMoatと、AI スタートアップにおける重要性

まずは旧来からある伝統的とも言えるMoatを10個挙げてみます。

1. ブランド
2. ネットワーク効果
3. スイッチングコスト
4. 第一想起 (top of mind)
5. 規模の経済
6. コスト優位性
7. 特許や排他的な契約
8. ディストリビューションチャネル
9. オペレーション
10. テクノロジー優位性

などです。
本来はここで、現代のAI時代以前にどんな企業が、どのようにして、どのMoatを構築したのか、その例を挙げた方が良いのですが、文章が長くなりすぎるので(と言うよりもAIビジネス以外は私の専門ではないので)割愛します。
なぜその例を挙げた方が良いのかと言うと、AI時代以前のビジネスのMOATと、AI時代のビジネスのMoatは変化してきているからです。
例えばAI時代のビジネス、特にAIスタートアップにおいては、機能差は瞬く間にコモディティ化するため、単なる”テクノロジー優位性”だけでは長期的な成功は難しいです。
長期的どころか、今日リリースしたサービスが、次の日には陳腐化してしまう、ということすら起きてしまいます。
また、AIサービスにおいては、ユーザーが複数のサービスを使い分ける「マルチホーム」が当たり前になりつつあります。
“スイッチングコスト”“ディストリビューションチャネル”は、変わらず重要なMoatですが、その意味、とるべき戦略は変わってきています。
このように、AIスタートアップがMoatを築くためには、Moatの変化、そしてこれまでとは異なるAI時代特有のMoatを考慮する必要があります。
と言うことで、繰り返しますが、本当は旧来:AIと比較をした方がわかりやすいのですが、今回は省略します。
AIスタートアップ以外であればきっとMoatの事例解説をしている記事もあると思いますのでそちらを見ていただければと思います。



AIスタートアップにおいて特に効果を発揮する伝統的なMoat

AIスタートアップと言っても、事業内容、特にAIの活用の仕方によってMoatは全く異なってきます。
また、現在の多くのAIスタートアップは、Open AIなどのAPIを使用してサービスを構築している状況ですが、当然ながらインフラとなるAPI提供スタートアップと、それを活用しているスタートアップとは全くMoatが異なるのも然りです。
そのためAIスタートアップと言っても、一括りにすることはできず、それぞれのサービス、プロダクト、企業ごとに個別に考える必要があります。
今回は典型的な例として、他社のAPIを活用し、生成AIの出力を何かしらの提供価値としているAIスタートアップと仮定して考察しました。それでは先に挙げた10のMoatについて重要性を5段階で、そしてそれぞれの解説を持って説明させていただきます。

1・ブランド

★★☆☆☆
ユーザが複数サービスを使い分けるマルチホームの時代であること、コモディティー化が前提で価格決定力を持ちにくいこと、等の理由でブランドはMoatにしにくいです。
そもそもスタートアップが構築に時間のかかるブランドをMoatにするのは難しいと言うのもあります。

2・ネットワーク効果

★★☆☆☆
クローズドな環境で使用されることが基本となる生成AIサービスにおいては、他者との関わりがそもそも少なく、ネットワーク効果が生まれにくいです。
またユーザが複数サービスを使い分けるマルチホームの時代であることもネットワーク効果を生み出しにくい理由となります。

3・スイッチングコスト

★★★★★
非常に重要。
ただし、ユーザが複数サービスを使い分けるマルチホームの時代であることに留意が必要です。
つまりスイッチングコストの考え方は従来とは異なると言うことです。

4・第一想起(top of mind)

★★★★★
非常に重要。
特定ドメインに特化したAIサービスは、これから有望でありどんどん増えていくと予測されますが、まさにそれぞれの市場において第一想起されるサービスとなることが重要となります。

5・規模の経済

★★☆☆☆
そもそもAI活用で上げられるのはスピード、下げられるのはコスト。
以前よりもはるかに少ない人員、リソースで同等以上の価値を生み出すことが可能な時代であり、必然的に規模の経済の有効性は低くなります。

6・コスト優位性

★☆☆☆☆
コスト優位性は、価格差を生み出せるからこそ成り立ちます。
が、そもそも瞬時にコモディティー化してしまうAIビジネスにおいては価格差を生み出すこと自体が難しい。
よってコスト優位性はMoatとなりにくいです。

7・特許や排他的な契約 

★★★☆☆
もし特許や排他的な契約(例えばビジネスとして有望であろう防衛領域のAIなど)が取れるのであれば、圧倒的なMoatとなるが、すべてのスタートアップが目指せるものではないため非常に限定的です。
(目指せるスタートアップは非常に強いMoatとなるので目指すべきでしょう)

8・ディストリビューションチャネル

★★★★☆
マルチホームの時代であること、AIエージェントの隆盛により、他AIサービスと機能レベルでの連携が求められること(MCPなどがその代表例)などの理由で重要となります。
ただし、AIサービスにおいては、従来のディストリビューションチャネルとは異なるものへと変化している事の理解、その上での施策の実行は前提となります。

9・オペレーション

★★☆☆☆
もちろん重要ですが、MLOps、 LLMOpsなど、自動化は当たり前の前提となり、競合も急速にキャッチアップ可能です。
よってMoatにはなりにくいですが、かといってオペレーションがワークポイントになればビジネスとして運営が成り立たないため、良いオペレーションは必須の前提条件とはなります。

10・テクノロジー優位性

★★☆☆☆
多くのAIスタートアップがテクノロジー優位性をMoatと、あるいは関連するものをMoatと考えがちです。
確かにテクノロジーは重要ながら、瞬時にコモディティー化してしまい、その価値を失ってしまうことが多いです。
よってMoatにはなりにくいです。

考え方はいろいろあると思いますし、これが絶対の答えではないですが、現時点では、”第一想起(top of mind)””スイッチングコスト”が(生成AIの出力を何かしらの提供価値としている)AIスタートアップにおいては、重要なMoatとなる、と考えています。
AI関連ビジネスとは言え、他の提供価値を持つビジネスの場合は、これらの考えを当てはめてMoatを導いてみてください。

 


Part2はAIスタートアップのMoat構築戦略とAI時代の新しいMoat

長くなってきましたので今回はここまでをPart1としていた終了とします。
次回Part2は、AIスタートアップが実際どの様にしてMoatを構築していくのか?その戦略と、AI時代の新しいMoatについて解説をしたいと思います。
実は皆さんにお伝えしたい事はPart2の方です。
Part2が本編と言えます。
今回のPart1は、その実践のための前提知識を共有するためのもので、いわば”前振り”です。
そのため、もしこのPart1を読んで、少しでもご興味を持っていただけましたら、是非Part2の方をお読みいただければと思っております。

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